人気のあるヒマラヤ水晶ですが、その中でも、
世界第3位に高き山、カンチェンジュンガ産のヒマラヤ水晶をご存知でしょうか?
カンチェンジュンガ産水晶NO.105
カンチェンジュンガは、私が好きなヒマラヤ水晶の産地のひとつです。
内部に霧がたちこめたような乳白色に、整ったフォルム。。
しかし、それにしても、世界第3位ほどの高き山より、
採掘する人の苦労もさることながら、よくもここ日本まで来てくれたと思います。
奇跡といっても過言ではないような、道のりを経て辿り着いたところ。
それが、日本であったのですから。
あぁ、縁というのは、すごいなぁと思います。
世界第3位に高き山、カンチェンジュンガ産のヒマラヤ水晶をご存知でしょうか?
カンチェンジュンガ産水晶NO.105
カンチェンジュンガは、私が好きなヒマラヤ水晶の産地のひとつです。
内部に霧がたちこめたような乳白色に、整ったフォルム。。
しかし、それにしても、世界第3位ほどの高き山より、
採掘する人の苦労もさることながら、よくもここ日本まで来てくれたと思います。
奇跡といっても過言ではないような、道のりを経て辿り着いたところ。
それが、日本であったのですから。
あぁ、縁というのは、すごいなぁと思います。
何気なく手に取る水晶、いいなと思う水晶、
私はやはりヒマラヤ水晶が好きです。
考えてみると、ヒマラヤ水晶から、
チベットへの興味が生まれ、
チベット仏教、ダライ・ラマ14世を知ることができました。
皮肉なことに、チベット仏教は、
迫害されて亡命したチベットの方々により、
世界中に広まりました。
ヒマラヤ水晶も、世界に広まることにより、
そこに何かを感じた人々が、何かしらの行動を起こすきっかけになることもあると思いました。
私がそうでした。
水晶は、それ自体では、メッセージを発したり、教えを与えてくれなくとも、
何かのきっかけとなってくれることもあるのではないでしょうか?
私は、ヒマラヤ水晶からチベット仏教を知りその教え、考え方から、
とても貴重な人生の糧を得たと感じています。

この世の中に、無意味なことは何一つない。。 そう感じました。
私はやはりヒマラヤ水晶が好きです。
考えてみると、ヒマラヤ水晶から、
チベットへの興味が生まれ、
チベット仏教、ダライ・ラマ14世を知ることができました。
皮肉なことに、チベット仏教は、
迫害されて亡命したチベットの方々により、
世界中に広まりました。
ヒマラヤ水晶も、世界に広まることにより、
そこに何かを感じた人々が、何かしらの行動を起こすきっかけになることもあると思いました。
私がそうでした。
水晶は、それ自体では、メッセージを発したり、教えを与えてくれなくとも、
何かのきっかけとなってくれることもあるのではないでしょうか?
私は、ヒマラヤ水晶からチベット仏教を知りその教え、考え方から、
とても貴重な人生の糧を得たと感じています。

この世の中に、無意味なことは何一つない。。 そう感じました。
チベットに興味を持ち出して知った山があります。
その名は、カイラス山。
チベット仏教、ボン教などの信仰の山であり、一般には未だ誰も登頂していないとされます。
(信仰の山であり登頂は許可されることがない)
標高は6656m、力強くも美しい、それでいて嶮しさよりも不動の存在感が強く感じられます。
しかし、ヒマラヤ水晶としてカイラス山産の水晶も出回っているとの噂を聞きます。
なんでも特別に許可を得たのだか。。
本当かなぁ。。
ちょっと気になっています。
さて、山は信仰の対象になります。
富士山、恐山を例に挙げることなく、山は神がするところと考えられ、崇められて来ました。
よく山の中に神社やお寺を見かけると思います。
ヒマラヤ水晶にはとても興味があり好きなのですが、
山々を荒らしてまで欲しいとは思いません。
手掘りで、掘削機械なしに、人が持ち運べる程度に採掘してくるという言葉を信じたいと思います。。
その名は、カイラス山。
チベット仏教、ボン教などの信仰の山であり、一般には未だ誰も登頂していないとされます。
(信仰の山であり登頂は許可されることがない)
標高は6656m、力強くも美しい、それでいて嶮しさよりも不動の存在感が強く感じられます。
しかし、ヒマラヤ水晶としてカイラス山産の水晶も出回っているとの噂を聞きます。
なんでも特別に許可を得たのだか。。
本当かなぁ。。
ちょっと気になっています。
さて、山は信仰の対象になります。
富士山、恐山を例に挙げることなく、山は神がするところと考えられ、崇められて来ました。
よく山の中に神社やお寺を見かけると思います。
ヒマラヤ水晶にはとても興味があり好きなのですが、
山々を荒らしてまで欲しいとは思いません。
手掘りで、掘削機械なしに、人が持ち運べる程度に採掘してくるという言葉を信じたいと思います。。
最近の私の愛読書は、チベット死者の書です。
数年前にブームになり、インパクトあるその名前だけは知っていたのですが、
図書館で見つけて虜になりました。
この本はチベットで、死者のために枕元で読み聞かせる本です。
死者がこれから行く世界について、またいかに輪廻から離脱するかなど、
とても興味深く、一見オカルトチックな雰囲気がするかもしれませんが、
その実、とても現実的で、説得力のある内容です。
現代社会は自分らしい死に方、場所がないのではないでしょうか?
死を見つめ、そして生きていくことが大切なのに、
現代社会は死と向き合うことを避けているかのようです。
死を思うからこそ、この一瞬一瞬を、そして人生を生き甲斐のあるものにしていけるのに。
誰も死から逃れることはできません。
死ぬときは一人っきりですが、
誰もが避けては通れないのであれば、
残された人々、世界に執着することなく、
次のステップを目指すこと。
それが、死者の書では解かれています。
考えさせられる本であるのと同時に、
この本に出合えたこと、
それはヒマラヤ水晶からの引き合わせのように感じてなりません。
気が付けば、ヒマラヤに憬れ、
いつのまにか、いつもジービーズにヒマラヤ水晶の勾玉を身につけていた私。
死者の書から、チベット仏教に興味を持つのはしごくあたり前のことだったのかもしれません。
数年前にブームになり、インパクトあるその名前だけは知っていたのですが、
図書館で見つけて虜になりました。
この本はチベットで、死者のために枕元で読み聞かせる本です。
死者がこれから行く世界について、またいかに輪廻から離脱するかなど、
とても興味深く、一見オカルトチックな雰囲気がするかもしれませんが、
その実、とても現実的で、説得力のある内容です。
現代社会は自分らしい死に方、場所がないのではないでしょうか?
死を見つめ、そして生きていくことが大切なのに、
現代社会は死と向き合うことを避けているかのようです。
死を思うからこそ、この一瞬一瞬を、そして人生を生き甲斐のあるものにしていけるのに。
誰も死から逃れることはできません。
死ぬときは一人っきりですが、
誰もが避けては通れないのであれば、
残された人々、世界に執着することなく、
次のステップを目指すこと。
それが、死者の書では解かれています。
考えさせられる本であるのと同時に、
この本に出合えたこと、
それはヒマラヤ水晶からの引き合わせのように感じてなりません。
気が付けば、ヒマラヤに憬れ、
いつのまにか、いつもジービーズにヒマラヤ水晶の勾玉を身につけていた私。
死者の書から、チベット仏教に興味を持つのはしごくあたり前のことだったのかもしれません。
ヒマラヤ水晶で、ティプリング産をご存知でしょうか?
最近、セナコスが仕入れられたので、私もはじめて知ったのですが、
ティプリング(ティブリングとも)山はガネーシュ・ヒマール山より少し南下した場所にある標高約3500mほどの小さな山(丘)のことで、そこから産出された水晶のことです。
もちろん、掘削重機は入っていける場所ではないので手掘りで、ひとつひとつ集められたものです。
ガネーシュ・ヒマールから連なる山の側に位置することから、ガネーシュ・ヒマラヤ水晶として扱われていたのかもしれません。
ガネーシュ産は、ヒマラヤ水晶の中でもいわゆるブランド的イメージがあるので、なお更でしょう。
Crystalism4uのティプリング・ガネーシュ・ヒマラヤ水晶
しかし、いかがですか?
荒々しさと、神々しさ、力強さを感じます、透明度も高く素晴らしい水晶です☆
セナコスからも購入できます >> セナコスのティプリング・ガネーシュ産ヒマラヤ水晶
興味のある方はどうぞご覧になってください。
最近、セナコスが仕入れられたので、私もはじめて知ったのですが、
ティプリング(ティブリングとも)山はガネーシュ・ヒマール山より少し南下した場所にある標高約3500mほどの小さな山(丘)のことで、そこから産出された水晶のことです。
もちろん、掘削重機は入っていける場所ではないので手掘りで、ひとつひとつ集められたものです。
ガネーシュ・ヒマールから連なる山の側に位置することから、ガネーシュ・ヒマラヤ水晶として扱われていたのかもしれません。
ガネーシュ産は、ヒマラヤ水晶の中でもいわゆるブランド的イメージがあるので、なお更でしょう。
Crystalism4uのティプリング・ガネーシュ・ヒマラヤ水晶
しかし、いかがですか?
荒々しさと、神々しさ、力強さを感じます、透明度も高く素晴らしい水晶です☆
セナコスからも購入できます >> セナコスのティプリング・ガネーシュ産ヒマラヤ水晶
興味のある方はどうぞご覧になってください。






